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【建築奔放】あすかとお散歩〜大阪レトロ建築3〜

2019.4.22

Construnction Industory Media

こんにちは、POPCONEモデルのあすかです。

大阪市内には高層ビルに紛れて健在しているレトロ建築がたくさんあります。今回はそんなレトロ建築を、前回に引き続きご紹介していきたいと思います。

 

大阪証券取引所ビル市場館

かつての大阪株式取引所が建設し、のちに発足した大阪取引所が運営しています。

竣工 1935年
規模 地上7階、地下2階、塔屋1階
設計 長谷部竹腰建築事務所
所在地 大阪市中央区北浜1-8-16

 

取引所機能の電算化をもって2000年3月閉館後に取り壊されましたが、2004年新たに建てられた大阪証券取引所ビルとして下層階は市場館の外観が保存されています。

エントランスホールの大型モニターには、大阪取引所の顔である日経225先物取引の取引値が表示されています。

テナントは1階には有名なイタリアンのポンテベッキオやカフェがあり、地下1階には居酒屋など飲食店が多数入っています。

 

青山ビル

こちらのかなり目立った外観の建物は、輸入食料品店などの経営者だった野田源次郎氏が1921年(大正10年)に私邸として建てた個人住宅です。後に青山喜一氏が譲り受けました。

竣工 1921年
規模 地上5階、地下1階
設計 大林組
所在地 大阪市中央区伏見町2-2-6

 

戦後、GHQにより接収されるという話が持ち上がりましたが、交渉の末GHQ将校の施設とすることを条件に免れ、1951年(昭和26年)に返還されました。

その後テナントビルとなり、名称が「青山ビル」になりました。また、後に4、5階を増築した際に屋上庭園と裏庭の日本庭園が廃止されたようです。

レトロ建築には元は銀行から転用されたビルなどが多い、私邸からテナントビルとして残っている旧野田源次郎邸がいかに巨大で豪華だったかがうかがえます。

館内には随所に建設当時のイタリア製ステンドグラスガラス窓が残されています。他にも、階段の手すりのねじり細工飲食物運搬用リフト食堂のマントルピースなど現在では復元不可能な貴重なものが現存しているそうです。

1997年(平成9年)国の登録有形文化財に登録されました。

青山ビルの特徴でもある外観の蔦(あし)はなんと青山喜一氏が当時甲子園から株分けしてもらったものだそうです!

 

伏見ビル

先ほどご紹介した青山ビルの横に建っているのがこちらの伏見ビルです。当初は澤野ビルヂングと称し、ホテルとして建設されました。

竣工 1923年
規模 地上3階
設計 長田岩次郎
所在地 大阪市中央区伏見町2-2-3

 

コーナーに丸みをもたせている外観が特徴の鉄筋コンクリート造3階建てで、当時としてはモダンで珍しいホテルとして人目を引いたそうです。

2002年、国の登録有形文化財に登録されました。

設計の長田岩次郎氏は、明治建築界の第一人者である辰野金吾氏と片岡安氏が作った辰野片岡事務所出身だそうです。

 

武田道修町ビル

武田道修町たけだどしょうまちビルは日本トップクラスの製薬会社、武田薬品工業の旧本社ビルです。

竣工 1928年
規模 地上5階、地下1階
設計 松室重光(片岡建築事務所)
所在地 大阪市中央区道修町2-3-6

 

大阪の歴史都市・船場は町ごとの特徴が明確で、前回の大阪レトロ建築2の記事でもご紹介したように、道修町どしょうまちは「くすりの町」として発展してきました。江戸時代には日本で流通する全ての薬がまずここに集められ、現在も名だたる製薬会社が軒を並べています。

武田薬品工業も、1781年に道修町で薬種の仲買商をはじめ、1925年に武田長兵衞商店を設立、その3年後にこの本店を建設したそうです。

こちらのビルは2013年に耐震補強工事を終え、現在は公益財団法人武田科学振興財団が使用しています。
この財団では貴重な医学関連の資料を収集した杏雨書屋きょううしょおくを運営し、展示室は無料で一般公開されています。

日本の名だたる製薬会社が道修町に本社を構えているということにも驚きました!江戸時代の大阪は商人あきんどの町として相当賑わっていたのでしょうね。

 

日本基督教団浪花教会

こちらは1877年創立の日本基督教団浪花教会にほんきりすときょうだんなにわきょうかい教会堂です。

竣工 1930年
規模 地上3階
設計 竹中工務店
所在地 大阪市中央区高麗橋2-6-2

 

現在の教会堂は、もとは明治中期に英語教師として来日したアメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計指導のもと、竹中工務店が設計施工を行いました。ゴシック様式の尖塔窓と黄色や緑色の色ガラスで飾られ、意匠性の高い塔屋付きの3階建ての建物教会です。

大阪レトロ建築1の記事でご紹介した、日本綿業会館などの近代建築が数多く残る三休橋筋に面して建っています。

 

オペラ・ドメーヌ高麗橋

先ほどご紹介した日本基督教団浪花教会の教会堂横に建つ赤煉瓦れんが造りの建築が、オペラ・ドメーヌ高麗橋こうらいばしです。もとは大阪教育生命保険会社の社屋として建設されました。

竣工 1912年
規模 地上2階
設計 辰野片岡建築事務所
所在地 大阪市中央区高麗橋2-6-4

 

こちらは建築界の巨匠、辰野金吾氏によって設計されました。赤煉瓦の外壁に白い石材でボーダーラインを描いた端正なデザインは「辰野式」とも呼ばれ、明治以降の建築に大きな影響を与えています。

現在はレストランウェディング会場「オペラ・ドメーヌ高麗橋」として利用されています。

 

最後に

どんどん先進的な建物が造られていく中、災害や戦争にも耐え、人々に大切に守られてきた歴史ある建築が大阪の都会にもたくさん残っていました!

まだまだ現存するレトロ建築。また少しずつご紹介できたらと思います。

 

今回はここまで。以上、あすかでした。

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